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横浜地方裁判所 昭和63年(行ウ)4号 判決

甲事件原告

久保佳子

乙事件原告

久保正雄

右両名訴訟代理人弁護士

鶴見祐策

羽倉佐知子

甲乙事件被告

横須賀税務署長三宮靖弘

右指定代理人

若狭勝

外七名

主文

一  被告が原告らに対して昭和六一年三月二四日付でした、昭和五八年分所得税にかかる更正の請求につき更正をすべき理由がない旨の各通知処分の取消しを求める訴えは、いずれも却下する。

二  原告らのその余の請求はいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

(甲事件)

一被告が原告久保佳子に対して昭和六〇年一二月二七日付でした、昭和五八年分所得税の更正処分(以下「本件更正一」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定一」という。)は、これを取り消す。

二被告が原告久保佳子に対して昭和六一年三月二四日付でした、昭和五八年分所得税にかかる更正の請求につき更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分一」という。)は、これを取り消す。

(乙事件)

一被告が原告久保正雄に対して昭和六〇年一二月二七日付でした、昭和五八年分所得税の更正処分(以下「本件更正二」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定二」という。)は、これを取り消す。

二被告が原告久保正雄に対して昭和六一年三月二四日付でした、昭和五八年分所得税にかかる更正の請求につき更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分二」という。)は、これを取り消す。

第二本件の争点

(甲事件)

一原告久保佳子(以下「原告佳子」という。)は、昭和五八年三月二五日から同年四月一一日までの間に、原告佳子所有の別紙物件目録一記載の各土地(以下「本件土地一」という。)及び建物(以下「本件建物一」という。また、本件土地一と併せて「六本木の物件」又は「本件資産一」という。)を、原告佳子の夫である原告久保正雄が代表取締役をし、原告佳子が監査役をしていた第一電設工業株式会社(以下「第一電設」という。)に譲渡したのであるが、これが負担付贈与(被告の主張)か売買(原告佳子の主張)かが、本件における主な争点である。

二また、本件通知処分一には結論を導くに至った理由の記載がないので、この点が違法か否かも争われている。

(乙事件)

一原告久保正雄(以下「原告正雄」という。)は、昭和五八年三月二五日から同年四月一一日までの間に、別紙物件目録二記載の賃貸人を舘野和子、賃借人を原告正雄とする借地権(以下「本件借地権」という。)及び原告正雄所有の建物(以下「本件建物二」という。また、本件借地権と併せて「新橋の物件」又は「本件資産二」という。)を第一電設に譲渡したのであるが、これが負担付贈与(被告の主張)か売買(原告正雄の主張)かが、本件における主な争点である。

二また、本件通知処分二には結論を導くに至った理由の記載がないので、この点が違法か否かも争われている。

第三事案の概要等

(甲事件・請求原因)

一本件処分の経緯等

原告佳子の昭和五八年分(以下「本件係争年分」という。)の所得税について、原告佳子のした確定申告及び更正の請求、被告のした本件更正一、本件賦課決定一及び本件通知処分一等の経緯は、別紙一のとおりである(争いがない。)。

二原告佳子の主張する本件処分の違法事由

1 本件更正一は、分離長期譲渡所得金額を三三八四万一四七七円、納付すべき税額を六六五万二二〇〇円とし、本件賦課決定一は過少申告加算税を三万六五〇〇円としたものであるが、被告が過大な金額を認定したものであるから、いずれも違法である。

2 原告佳子は、本件係争年分の確定申告につき更正の請求をしていたところ、被告は、その審理調査中に、逆に税額を増加させる本件更正一を行った。しかし、国税通則法(以下「通則法」という。)二三条四項の規定は、納税者の権利救済の目的で設けられているのであるから、更正の請求を認めず、さらに確定申告にかかる課税標準等を増加させる更正処分を行う場合には、まず更正の請求につき十分な根拠を明示して更正をすべき理由がない旨の通知をし、その上で増額の更正を行うべきものである。このことは、不服審査手続において、当該不服申立人に不利益な変更を許さない旨の規定(通則法八三条三項但書、九八条二項但書)の趣旨に照らしても当然である。

しかも、本件通知処分一には、結論を導くに至った理由の記載がない。

(甲事件・被告の主張)

一本件更正一の根拠について

原告佳子の昭和五八年分の総所得金額並びに分離長期譲渡所得金額及びその算定根拠は、次のとおりである。

1 総所得金額 一二六万二七〇一円

原告佳子の昭和五八年分の所得税の確定申告にかかる不動産所得の金額である(争いがない。)。

2 分離課税の長期譲渡所得金額八三七一万五六〇六円

右金額は、次の(一)の譲渡収入金額から(二)の取得費及び(三)の特別控除額の合計額を差し引いたものである。

(一) 譲渡収入金額 一億二九一五万円

(1) 原告佳子は、昭和五八年三月二五日から同年四月一一日までの間に、原告佳子が所有する本件土地一及び本件建物一(六本木の物件)を、原告佳子の夫である原告正雄が代表取締役をし、原告佳子が監査役をしていた第一電設に、次に述べる負担を条件に私財提供(負担付贈与)した。

(ア) 譲渡所得に対する公租公課等及び右私財提供に伴い原告佳子が支出すべき金員 七三七万〇四三〇円(この金額は当事者間に争いがない。)

(a) 所得税 五九一万三八〇〇円

右金額は、原告佳子が六本木の物件を代金六五〇〇万円で第一電設に譲渡したとして申告したことにより納付すべき税額で、第一電設が同人に支払った金額である。

(b) 道府県民税・市町村税 一三九万六六三〇円

右金額は、原告佳子が前記(a)の申告により負担すべき道府県民税・市町村税の一部で、第一電設が同人に支払った金額である。

(c) 印紙代 六万円

右金額は、原告佳子が六本木の物件を第一電設に売却したかのように作出した昭和五八年三月三一日付の売買契約書に貼付した印紙の金額で、第一電設が同人に支払った金額である。

(イ) 原告佳子は六本木の物件の一部を賃貸の用に供していたことから、同原告が借主に負担している敷金 二四〇万円(争いがない。)

(2) ところで、負担付贈与の場合、負担分については当該資産の譲渡の対価と解されているところ、本件においては、右負担額(合計九七七万〇四三〇円)が本件資産一の時価に比べて著しく低い価額であるため、被告は、次のとおり六本木の物件の譲渡収入金額を一億二九一五万円と認定したものである。

すなわち、所得税法五九条一項二号及び同施行令一六九条は、法人に対して著しく低い価額すなわち資産の譲渡の時における価額の二分の一に満たない金額を対価として譲渡した場合、譲渡所得の金額の計算については、その事由が生じた時における価額に相当する金額により、右資産の譲渡があったとみなすものと規定している。

そして、被告は、本件資産一が昭和五八年四月一一日に第一電設から富田建物株式会社(以下「富田建物」という。)に一億二九一五万円で転売されていることから、右価額を本件資産一の時価と認定した。そうだとすると、原告佳子の譲渡価額(九七七万〇四三〇円)は、本件資産一の時価の二分の一に満たないから、被告は、所得税法五九条一項二号により、譲渡収入金額を一億二九一五万円としたものである。

(3) ところで、原告佳子は第一電設に対して本件資産一を六五〇〇万円で売却する旨の不動産売買契約書を作成しているが、右契約書は、次のとおり、実態に反していることが明らかである。

(ア) 右契約書の譲渡金額は六五〇〇万円であり、第一電設と富田建物の間で本件資産一を一億二九一五万円で売買するとの合意が成立した直後に、右譲渡価額の二分の一をわずか四二万五〇〇〇円超えるに過ぎない程度の価額で決定されている。

(イ) 右契約書では、右譲渡代金の支払方法を決めておらず、昭和五八年五月一〇日付の協議書において初めて譲渡代金の支払につき、同六〇年三月を一回目として約二一年という通常では考えられないほど長期にわたる年賦(しかも利息の取り決めがなされていない。)とする旨定めているのであって、このこと自体全く不自然である。

(ウ) 昭和五八年四月当時、第一電設には本件資産一の取得資金を調達する能力がなかった(第一電設は、本件資産一の転売により資金的余裕を得たにもかかわらず、同五九年一二月一九日取引停止処分を受け倒産している。)。

(エ) 第一電設は、原告佳子に本件資産一の譲渡代金を支払うことなく、富田建物に譲渡した代金額の大部分を同社の借入金の返済にあてている。

(オ) 以上の事実からすれば、原告佳子は第一電設に本件資産一を私財提供(贈与)し、それに伴い原告佳子が負担すべき公租公課等を右会社が負担することを条件としたものと認められるから、原告佳子は、右負担額で本件資産一を第一電設に贈与したものということができる。

(二) 取得費 一五四三万四三九四円

右金額は、次の(1)の本件土地一にかかる取得費六〇〇万円と(2)の本件建物一にかかる取得費九四三万四三九四円の合計額である。

(1) 本件土地一の取得費 六〇〇万円

右金額は、原告佳子が本件土地一を昭和二七年一二月三一日以前から所有していたことから、租税特別措置法(以下「措置法」という。)三一条の四第一項本文の規定に基づき、本件土地一の譲渡収入金額一億二〇〇〇万円に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した額である。

(2) 本件建物一の取得費

九四三万四三九四円(争いがない。)

右金額は、原告佳子が本件建物一を昭和三九年九月ころ取得したところ、本件建物一の取得価額一二五〇万八二六九円から譲渡時までの減価償却費の累計額三〇七万三八七五円を控除した額である。

(三) 特別控除額 三〇〇〇万円

措置法三五条一項所定の居住用財産の譲渡所得の特別控除額である。

3 納付すべき所得税額等

以上に述べた原告佳子の所得金額に対して、同原告が納付すべき所得税額は次のとおりである。

(一) 総所得金額 一二六万二七〇一円(争いがない。)

(二) 所得控除の額 三五万円(争いがない。)

(三) 課税総所得金額((一)―(二))九一万二〇〇〇円(争いがない。)通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満を切り捨てた後の金額である。

(四) 課税長期譲渡所得金額 八三七一万五〇〇〇円

通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満を切り捨てた後の金額である。

(五) (三)に対する所得税額 九万七二〇〇円(争いがない。)

(六) (四)に対する所得税額 二〇七九万八二五〇円

措置法三一条一項二号の規定により算出した金額である。

(七) 申告納税額((五)+(六)) 二〇八九万五四〇〇円

通則法一一九条一項の規定により一〇〇円未満を切り捨てた後の金額である。

(八) 予定納税額 二一万三二〇〇円(争いがない。)

(九) 納付すべき税額((七)―(八))二〇六八万二二〇〇円

二本件更正一及び本件賦課決定一の適法性について

1 本件更正一の適法性

前記一の1及び2のとおり、原告佳子の昭和五八年分の所得金額は、総所得金額一二六万二七〇一円及び分離課税の長期譲渡所得金額八三七一万五六〇六円であるところ、本件更正一による所得金額は、総所得金額一二六万二七〇一円及び分離課税の長期譲渡所得金額三三八四万一四七七円であって、被告の本訴主張額の範囲内であるから、本件更正一は適法である。

2 本件賦課決定一の適法性

本件更正一により新たに納付すべき税額(前記総所得金額一二六万二七〇一円と分離課税の長期譲渡所得金額三三八四万一四七七円による税額六六五万二二〇〇円から、確定申告書の納付すべき税額五九一万三八〇〇円を差し引いた金額七三万八四〇〇円)について、通則法(昭和五九年法律第五号による改正前のもの)六五条二項に定める正当な理由があるとは認められないから、同条一項により右税額(同法一一八条三項の規定により一万円未満端数切り捨て)に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した過少申告加算税の賦課決定一は適法である。

三原告佳子の手続的瑕疵に関する主張について

原告佳子は、本件更正一及び本件通知処分一には手続的に瑕疵があり違法であると主張するが、右主張は失当である。

1 通則法二三条四項の規定に基づく更正をすべき理由がない旨の通知処分と、同法二四条の規定に基づく更正処分とは別個独立のものであって、そのいずれを先に行うかは、法令上格別の定めがなく課税庁の判断に委ねられていると解されている。

2 通則法二三条四項によれば、更正をすべき理由がない旨を更正の請求をした者に通知することとされているが、理由を附することまでは要求されていないのであるから、更正の請求に対する処分にあたって理由を附記しないからといって、当該処分が違法となるものではない。

(被告の主張に対する原告佳子の認否及び反論)

一1  被告の主張一1(総所得金額)は認める。

2(一)  同一2(一)(本件資産一の譲渡収入金額)の事実は否認し、その金額を争う。但し、(一)(1)の(ア)の公租公課等が七三七万〇四三〇円であること、(イ)の敷金が二四〇万円であることは認める。

原告佳子は、本件資産一を第一電設に六五〇〇万円(内訳は本件建物一が四六〇万円、本件土地一が六〇四〇万円)で売却したものであり、右金額が原告佳子の譲渡収入金額である。

(二)  同一2(二)(取得費)は争う。本件資産一の取得費は、次の(1)及び(2)の各金額を合算した一二四五万四三九四円である。

(1) 本件土地一の取得費三〇二万円(六〇四〇万円に一〇〇分の五を乗じた金額)

(2) 本件建物一の取得費九四三万四三九四円(被告主張どおり)

3  納付すべき所得税額は争う。被告の主張との対比において原告佳子の主張を明らかにすれば、次のとおりである。

(一) 総所得金額 一二六万二七〇一円

被告の主張と同額である。

(二) 所得控除の額 三五万円

被告の主張と同額である。

(三) 課税総所得金額((一)―(二))九一万二〇〇〇円

被告の主張と同額である。

(四) 課税長期譲渡所得金額 〇円

原告佳子は本件資産一を第一電設に売却したが、代金六五〇〇万円のうち金九七七万〇四三〇円を受領した段階で同社が倒産したため、残金五五二二万九五七〇円が回収不能となった。そこで、譲渡収入金額六五〇〇万円から、取得費一二四五万四三九四円と、回収不能となった譲渡代金五五二二万九五七〇円のうち譲渡収入金額から控除すべき五二五四万五六〇六円とを差し引いて課税長期譲渡所得金額を算定すると、前記のとおり〇円となる。

(五) (三)に対する所得税額 九万七二〇〇円

被告の主張と同額である。

(六) (四)に対する所得税額 〇円

(七) 申告納税額 九万七二〇〇円

(八) 予定納税額 二一万三二〇〇円

被告の主張と同額である。

(九) 還付されるべき税金 一一万六〇〇〇円

二同二の本件更正一及び本件賦課決定一の適法性に対する認否

総所得金額が一二六万二七〇一円であることは認め、その余は否認ないし争う。

三同三の被告の反論はすべて争う。

また、本件通知処分一は、前記一3(四)で主張した理由により、実体的にも違法である。

(乙事件・請求原因)

一本件処分の経緯等

原告正雄の昭和五八年分(以下「本件係争年分」という。)の所得税について、原告正雄のした確定申告、修正申告及び更正の請求、被告のした本件更正二、本件賦課決定二及び本件通知処分二等の経緯は、別紙二のとおりである(争いがない。)。

二原告正雄の主張する本件処分の違法事由

1 本件更正二は、分離長期譲渡所得金額三四〇二万四一八六円、納付すべき税額を七一〇万五〇〇〇円とし、本件賦課決定二は過少申告加算税を一二万四五〇〇円としたものであるが、被告が過大な金額を認定したものであるから、いずれも違法である。

2 原告正雄は、本件係争年分の修正申告につき更正の請求をしていたところ、被告は、その審理調査中に、逆に税額を増加させる本件更正二を行った。しかし、通則法二三条四項の規定は、納税者の権利救済の目的で設けられているのであるから、更正の請求を認めず、さらに修正申告にかかる課税標準等を増加させる更正処分を行う場合には、まず更正の請求につき十分な根拠を明示して更正をすべき理由がない旨の通知をし、その上で増額の更正を行うべきものである。このことは、不服審査手続において、当該不服の申立人に不利益な変更を許さない旨の規定の趣旨に照らしても当然である。

しかも、本件通知処分二には、結論を導くに至った理由の記載がない。

(乙事件・被告の主張)

一本件更正二の根拠について

原告正雄の昭和五八年分の総所得金額並びに分離長期譲渡所得金額及びその算定根拠は、次のとおりである。

1 総所得金額 六六六万二一九〇円

原告正雄の昭和五八年分の所得税の修正申告にかかる不動産所得の金額一一九万三一六六円と給与所得の金額五四六万九〇二四円の合計額である(争いがない。)。

2 分離課税の長期譲渡所得金額四八三八万七五〇〇円

右金額は、次の(一)の譲渡収入金額から(二)の取得費、(三)の譲渡費用及び(四)の特別控除額の合計額を差し引いたものである。

(一) 譲渡収入金額 五七二五万円

(1) 原告正雄は、昭和五八年三月二五日から同年四月一一日までの間に、本件借地権及び同原告所有の本件建物二(新橋の物件)を、みずから代表取締役をしていた第一電設に、次に述べる負担を条件に私財提供(負担付贈与)した。

(ア) 譲渡所得に対する公租公課等及び右私財提供に伴い原告正雄が支出すべき金員 一〇六五万六六八六円(この金額は当事者間に争いがない。)

(a) 所得税 二二一万五九〇〇円

右金額は、原告正雄が新橋の物件を代金二九〇〇万円で第一電設に譲渡したとして申告したことにより納付すべき税額の一部で、第一電設が同人に支払った金額である。

(b) 道府県民税・市町村税 一二一万八四八〇円

右金額は、原告正雄が前記(a)の申告により負担すべき道府県民税・市町村税の一部で、第一電設が同人に支払った金額である。

(c) 名義書換料 四二〇万〇八〇〇円

右金額は、原告正雄が新橋の物件を譲り渡すに際して、同人が右物件の地主である舘野和子に名義書換料として支払うべき金額の一部で、第一電設が原告正雄に支払った金額である。

(d) 仮払金相殺額 二七三万六二六〇円

右金額は、第一電設が仮払として原告正雄に支払った金額で、同社が同人に対する譲渡代金の未払金と相殺した金額である。

(e) 転居費用 一八万五〇〇〇円

右金額は、原告らが六本木の物件から転居するに要した費用で、第一電設が原告正雄に支払った額である。

(f) 立替金相殺額 七万六〇〇〇円

右金額は、原告正雄が新橋の物件の借家人から受領した家賃の前受分で、同人が新橋の物件を譲り渡すにあたり借家人に返還すべきところ、第一電設が原告正雄に代わって支払った上、同人に対する譲渡代金の未払金と相殺した金額である。

(g) 印紙代 二万円

右金額は、原告正雄が新橋の物件を第一電設に売却したかのように作出した売買契約書(昭和五八年とあるのみで、日付は未記入)に貼付した印紙の金額で、第一電設が同人に支払った金額である。

(h) 根抵当抹消費用 四二四六円

右金額は、新橋及び六本木の物件にかかる根抵当権を抹消するための費用で、第一電設が原告正雄に代わって富田建物に支払った金額である。

(イ) 原告正雄は本件建物二を賃貸の用に供していたことから、同原告が借主に負担している敷金 四〇〇万円(争いがない。)

(2) ところで、負担付贈与の場合、負担分については当該資産の譲渡の対価と解されているところ、本件においては、右負担額(合計一四六五万六六八六円)が新橋の物件の時価に比べて著しく低い価額であるため被告は、次のとおり新橋の物件の譲渡収入金額を五七二五万円と認定したものである。

すなわち、所得税法五九条一項二号及び同施行令一六九条は、法人に対して著しく低い価額すなわち資産の譲渡の時における価額の二分の一に満たない金額を対価として譲渡した場合、譲渡所得の金額の計算については、その事由が生じた時における価額に相当する金額により、右資産の譲渡があったとみなすものと規定している。

そして、被告は、新橋の物件が昭和五八年四月一一日に第一電設から富田建物に五七二五万円で転売されていることから、右価額を新橋の物件の時価と認定した。そうだとすると、原告正雄の譲渡価額(一四六五万六六八六円)は、本件資産二の時価の二分の一に満たないから、被告は、所得税法五九条一項二号により、譲渡収入金額を五七二五万円としたものである。

(3) ところで、原告正雄は第一電設に対して新橋の物件を二九〇〇万円で売却する旨の建物借地権売買契約書を作成しているが、右契約書は、次のとおり、実態に反していることが明らかである。

(ア) 右契約書の譲渡金額は二九〇〇万円であり、第一電設と富田建物の間で新橋の物件を五七二五万円で売買するとの合意が成立した直後に、右譲渡価額の二分の一をわずか三七万五〇〇〇円超えるに過ぎない程度の価額で決定されている。

(イ) 右契約書では、右譲渡代金の支払方法を決めておらず、昭和五八年五月一〇日付の協議書において初めて譲渡代金の支払いにつき、同五九年一二月を一回目として約一三年という通常では考えられないほど長期にわたる年賦(しかも利息の取り決めがなされていない。)とする旨定めているのであって、このこと自体全く不自然である。

(ウ) 昭和五八年四月当時、第一電設には新橋の物件の取得資金を調達する能力がなかった(第一電設は、新橋の物件の転売により資金的余裕を受けたにもかかわらず、同五九年一二月一九日取引停止処分を受け倒産している。)。

(エ) 第一電設は、原告正雄に新橋の物件の譲渡代金を支払うことなく、富田建物に譲渡した代金額の大部分を同社の借入金の返済にあてている。

(オ) 以上の事実からすれば、原告正雄は第一電設に新橋の物件を私財提供(贈与)し、それに伴い原告正雄が負担すべき公租公課等を右会社が負担することを条件としたものと認められるから、原告正雄は、右負担額で新橋の物件を第一電設に贈与したものということができる。

(二) 取得費 二八六万二五〇〇円

右金額は、措置法三一条の四第一項本文の規定に基づき、新橋の物件の譲渡収入金額五七二五万円に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した額である。

(三) 譲渡費用 五〇〇万円(争いがない)

右金額は、原告正雄が新橋の物件を私財提供(負担付贈与)するに際し、本件借地権の名義書換料として舘野和子に支払った金額である。

(四) 特別控除額 一〇〇万円(争いがない)

右金額は、措置法(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)三一条三項に規定する長期譲渡所得の特別控除額である。

3 納付すべき所得税額等

以上に述べた原告正雄の所得金額に対して、同原告が納付すべき所得税額は次のとおりである。

(一) 総所得金額 六六六万二一九〇円(争いがない。)

(二) 所得控除の額 七七万九九九〇円(争いがない。)

(三) 課税総所得金額((一)―(二))五八八万二〇〇〇円(争いがない。)通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満を切り捨てた後の金額である。

(四) 課税長期譲渡所得金額 四八三八万七〇〇〇円

通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満を切り捨てた後の金額である。

(五) (三)に対する所得税額 一一〇万八一四〇円(争いがない。)

(六) (四)に対する所得税額 一〇三〇万九九〇〇円

措置法三一条一項二号の規定により算出した金額である。

(七) 源泉徴収税額 六三万一八五八円(争いがない。)

(八) 申告納税額((五)+(六)―(七))一〇七八万六一〇〇円

通則法一一九条一項の規定により一〇〇円未満を切り捨てた後の金額である。

(九) 予定納税額 一七万六〇〇〇円

(一〇) 納付すべき税額((八)―(九))一〇六一万〇一〇〇円

二本件更正二及び本件賦課決定二の適法性について

1 本件更正二の適法性

前記一の1及び2のとおり、原告正雄の昭和五八年分の所得金額は、総所得金額六六六万二一九〇円及び分離課税の長期譲渡所得金額四八三八万七五〇〇円であるところ、本件更正二による所得金額は、総所得金額六六六万二一九〇円及び分離課税の長期譲渡所得金額三四〇二万四一八六円であって、被告の本訴主張額の範囲内であるから、本件更正二は適法である。

2 本件賦課決定二の適法性

本件更正二により新たに納付すべき税額(前記総所得金額六六六万二一九〇円と分離課税の長期譲渡所得金額三四〇二万四一八六円による税額七一〇万五〇〇〇円から、修正申告書の納付すべき税額四六一万〇二〇〇円を差し引いた金額二四九万四八〇〇円)について、通則法(昭和五九年法律第五号による改正前のもの)六五条二項に定める正当な理由があるとは認められないから、同条一項により右税額(同法一一八条三項の規定により一万円未満端数切り捨て)に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した過少申告加算税の賦課決定二は適法である。

三原告正雄の手続的瑕疵に関する主張について

原告正雄は、本件更正二及び本件通知処分二には手続的に瑕疵があり違法であると主張するが、右主張は失当である。

1 通則法二三条四項の規定に基づく更正をすべき理由がない旨の通知処分と、同法二四条の規定に基づく更正処分とは別個独立のものであって、そのいずれを先に行うかは、法令上格別の定めがなく課税庁の判断に委ねられていると解されている。

2 通則法二三条四項によれば、更正をすべき理由がない旨を更正の請求をした者に通知することとされているが、理由を附することまでは要求されていないのであるから、更正の請求に対する処分にあたって理由を附記しないからといって、当該処分が違法となるものではない。

(被告の主張に対する原告正雄の認否及び反論)

一被告の主張一1(総所得金額)は認める。

2(一) 同一2(一)(本件資産二の譲渡収入金額)の事実は認否し、その金額を争う。但し、(一)(1)の(ア)の公租公課等の合計が一〇六五万六六八六円であり、その内訳が(a)ないし(h)のとおりであること、(イ)の敷金が四〇〇万円であることは認める。

原告正雄は、新橋の物件を第一電設に二九〇〇万円(内訳は本件建物二が八〇万円、本件借地権が二八二〇万円)で売却したものであり、右金額が原告正雄の譲渡収入金額である。

(二) 同一2(二)(取得費)は争う。新橋の物件の取得費は次の(1)及び(2)の各金額を合算した一四五万円である。

(1) 本件借地権の取得費一四一万円(二八二〇万円に一〇〇分の五を乗じた金額)

(2) 本件建物二の取得費四万円

(三) 同一2(三)(譲渡費用)は認める。

(四) 同一2(四)(特別控除額)は認める。

3 納付すべき所得税額は争う。被告の主張との対比において原告正雄の主張を明らかにすれば、次のとおりである。

(一) 総所得金額 六六六万二一九〇円

被告の主張と同額である。

(二) 所得控除の額 七七万九九九〇円

被告の主張と同額である。

(三) 課税総所得金額((一)―(二))五八八万二〇〇〇円

被告の主張と同額である。

(四) 課税長期譲渡所得金額 七二〇万六〇〇〇円

原告正雄は新橋の物件を第一電設に売却したが、代金二九〇〇万円のうち金一四六五万六六八六円を受領した段階で同社が倒産したため、残金一四三四万三三一四円が回収不能となった。そこで、譲渡収入金額二九〇〇万円から、取得費一四五万円、譲渡費用五〇〇万円及び回収不能となった譲渡代金一四三四万三三一四円を控除し、さらに特別控除額一〇〇万円を差し引いて課税長期譲渡所得金額を算定すると前記のとおり七二〇万六〇〇〇円(一〇〇〇円未満切り捨て)となる。

(五) (三)に対する所得税額 一一〇万八一四〇円

被告の主張と同額である。

(六) (四)に対する所得税額 一四四万一二〇〇円

(七) 源泉徴収税額 六三万一八五八円

被告の主張と同額である。

(八) 申告納税額 一九一万七四〇〇円

(九) 予定納税額 一七万六〇〇〇円

被告の主張と同額である。

(一〇) 納付すべき税金 一七四万一四〇〇円

二同二の本件更正二及び本件賦課決定二の適法性に対する認否

総所得金額が六六六万二一九〇円であることは認め、その余は否認ないし争う。

三同三の被告の反論はすべて争う。

また、本件通知処分二は、前記一3(四)で主張した理由により、実体的にも違法である。

第四争点に対する判断

(甲・乙事件)

一原告らは、第一電設の苦境を救うため、本件資産をいずれも時価の二分の一に相当する金額を超える代金額で第一電設に売却したものであり、ただその後代金のうち一定額(六本木の物件については九七七万〇四三〇円、新橋の物件については一四六五万六六八六円)を受領した段階で同社が倒産したため、残債権が回収不能になったに過ぎない旨主張するのに対し、被告は、右一定額の負担を伴う贈与であると主張する。この点に対する判断は次のとおりである。

二1  証拠(〈証拠番号略〉、証人岡村、原告正雄)によれば、次の事実が認められる。

(一) 第一電設は、昭和二九年に原告正雄が創立した会社で、荏原製作所等からの受注を主体に電気工事業を営み、昭和五一年までは同原告が代表者で株式の四割程度を保有していたところ、昭和四〇年代後半のオイルショックによる資材の高騰により経営状態が悪化し、昭和四九年五月期決算において大幅な欠損を計上するに至った。そこで、昭和五一年の同社の役員会で、原告正雄が社長を退任して斉藤力行(以下「斉藤」という。)が社長に就任し、昭和五二年には、同社の主力銀行である協和銀行から池田弘(以下「池田」という。)を専務取締役に迎えて再建を計ったが、資材の大量購入など積極策が裏目に出たことと放漫経営により金利負担が著しく増大し、資金繰りが次第に圧迫されるようになった。

そのような状況の中で、第一電設は、工事受注の指名参加のために粉飾決算を行うようになり、昭和五七年ころには実質的な債務超過が著しく、このままでは、主力銀行である協和銀行も支援できる状態ではなくなった。そこで、昭和五七年七月斉藤社長が退任して、原告正雄が社長に復帰し、昭和五九年七月の役員会においては、原告正雄が再度社長を退任し、中川雅之(以下「中川」という。)副社長が社長に就任する等の役員改選を行い、経営の再建を計ったが、昭和五九年一二月五日不渡手形を出し、同月一九日東京手形交換所から取引停止処分を受けて、倒産したものである。

(二) 昭和五七年七月に社長に復帰した原告正雄は、第一電設の経営状態が前記のとおり悪化していたところから、主力銀行である協和銀行の支援を得るべく、金利負担の軽減等を目的として、同年一〇月末ころ本件資産一、二を第一電設に提供することを、池田専務を通じて協和銀行に申し入れた。当時協和銀行企業調査部で第一電設の融資を担当していた有川弘(以下「有川」という。)は、原告らの本件資産一、二の処分方法等について、第一電設の監査役関本秀治税理士(以下「関本税理士」という。)に電話で確認した上、「個人からの資産提供について」と題する書面(以下「有川メモ」という。)を作成したが、この有川メモには、第一電設は、本件資産一、二の譲受代金のうち原告らの納税額を除いた額を原告らからの借入金とし、時期をみて債務免除益を計上する、原告らの債権放棄は譲渡のあった翌年から三年程度で小出しにする必要があるなどの記載がある。

(三) 有川の作成した「借入金圧縮計画」と題する書面(〈証拠番号略〉、以下「借入金圧縮計画書」という。)には、第一電設の資本金は三五〇〇万円(〈証拠番号略〉)であるにもかかわらず、昭和五七年一二月二一日現在の借入金残高は八億六六五九万五〇〇〇円である旨の記載があり、また、同社は、昭和五六年六月一日から昭和五七年五月三一日までの事業年度において一億五一〇〇万円の、昭和五七年六月一日から昭和五八年五月三一日までの事業年度において二三〇〇万円の営業損失を発生させている(〈証拠番号略〉)。

(四) 原告らと第一電設間の売買契約書における代金額は、第一電設と富田建物の間で本件各資産売買の合意が成立した直後に、その代金額の二分の一をわずかに上廻る額に決定されたものである。しかも、その支払方法は、右契約書では決められず、昭和五八年五月一〇日付協議書において初めて決定されたことになっているが、その内容は、いずれも通常では考えられないほど長期の年賦払である。

また、昭和五八年四月当時、第一電設には本件各資産の取得資金を調達する能力はなく、富田建物に転売することによって得た代金も、その大部分は同社の借入金の返済に当てられ、原告らには支払われていない。

(五) 昭和五六年七月から昭和五九年七月までの間、第一電設に対する融資の直接の担当者であった協和銀行新橋支店の佐子弘和(以下「佐子」という。)、原告正雄と共に第一電設の代表取締役(副社長)であった中川及び第一電設の役員であった藤林敏一(以下「藤林」という。)は、それぞれ被告指定代理人に対し、原告らは個人資産を投げ出して、つまり、会社に個人資産を提供することによって会社を救おうと考えており、会社から代金の支払を受けようとは考えてなかった旨、あるいは原告らは代金が入らないことを承知の上で個人資産を投げ出したものである旨申述している。

(六) 原告正雄は、第一電設の協和銀行からの借入金債務について、昭和五七、五八年当時個人保証をし、本件資産には抵当権を設定しており、また、第一電設は、同原告が創立し長年代表取締役を務めてきた会社で、同社の発行済株式の約四割を同原告が保有していたことから、原告正雄としては、何とか同社を救いたいと思っていた。

2  他方、原告正雄は、将来長くかかっても会社から代金を返済してもらおうとの気持ちはあった、代金は会社に請求しないとか放棄してしまうという考えはなかった旨供述するが、昭和五七年七月二七日まで第一電設の取締役であった斉藤、代表取締役であった中川副社長及び藤林常務取締役は、居住用資産である土地、建物につき、第一電設を債務者とする根抵当権(斉藤の資産については極度額五〇〇〇万円、中川及び藤林の資産については各一億円)を設定していたところから、第一電設の倒産により、それぞれ競売等により処分されており(〈証拠番号略〉)、前記のとおり、原告正雄が同社の創業者で、長年代表取締役を務め、同社の発行済株式の約四割を保有していたという、同人と会社との結びつきの強さを右斉藤等と比較すれば、原告らが本件各資産を第一電設に移転するについて、原告らだけがその対価を受け取る意思であったとは到底考えられず、この点に関する原告正雄の供述は採用できない。

3  以上説示したところによれば、原告らは本件各資産の譲渡につき代金を請求しないことが前提となってるものと解され(前記(二))、また、客観的にみて、第一電設が本件資産の売買代金を原告らに支払うことは、将来にわたって不可能であることを、原告らも十分知った上で本件資産を同社に移転したものと認められるから、当初から代金受領を期待していなかったというべきであり(前記(三)、(四))、さらに、原告らや第一電設関係者らも、原告らが本件資産を第一電設に移転するについてその対価を受領しないことを、当然の前提と考え、認識していたことは明らかである(前記(五))。

三かくして、原告らと第一電設との間には、一応形式的には売買契約書が作成されているが、代金授受の合意はないか、仮にあっても双方当事者の真意に基づくものではないから、売買契約が有効に締結されたものということはできない。そして、原告らが本件各資産を譲渡し、第一電設が原告らの公租公課等を負担する旨の合意を法的に評価すると、負担付贈与と解するのが相当である。

そして、原告らの本件各資産の贈与に伴って第一電設が負担すべきこととなった原告らの公租公課等は、所得税法五九条一項二号にいう「対価」に該当し、右価額は本件各資産の時価の二分の一に相当する金額をはるかに下回るものであるから、被告が本件について同号の規定を適用して原告らの昭和五八年分の所得税を算定したことは適法である。

第五本件課税処分の根拠等

(甲事件)

一本件更正一の根拠

1 総所得金額一二六万二七〇一円については、当事者間に争いがない。

2(一)(1) 分離課税の長期譲渡所得金額に関し、(1)(ア)の公租公課等七三七万〇四三〇円、(1)(イ)の敷金二四〇万円については、当事者間に争いがない。

(2) 六本木の物件は、昭和五八年四月一一日に第一電設から富田建物に一億二九一五万円(土地一億二〇〇〇万円、建物九一五万円)で転売されている(この点は争いがない。)ので、他に特段の立証がない本件においては、右価額をもって右資産の時価と評価するのが相当である。そして、前記認定によれば、原告佳子は第一電設に六本木の物件を私財提供(贈与)し、それに伴って原告佳子が負担すべき公租公課等を右会社が負担することを条件としたのであるから、原告佳子は、右負担額で六本木の物件を第一電設に贈与したものということができる。

(二) 取得費は、次の(1)と(2)を合計して、一五四三万四三九四円となる。

(1) 本件土地一の取得費については、措置法三一条の四第一項本文の規定に基づき、本件土地一の譲渡収入金額一億二〇〇〇万円に一〇〇分の五の割合を乗じて算出すると、六〇〇万円となる。

(2) 本件建物一の取得費九四三万四三九四円については、当事者間に争いがない。

(三) 特別控除額は、措置法三五条一項により三〇〇〇万円となる。

3 納付すべき所得税額等

原告佳子の所得金額に対して、同原告が納付すべき所得税額は、被告主張のとおり二〇六八万二二〇〇円となる。

二本件更正一及び本件賦課決定一の適法性

1 本件更正一の適法性

前記一の1及び2のとおり、原告佳子の昭和五八年分の所得金額は、総所得金額一二六万二七〇一円及び分離課税の長期譲渡所得金額八三七一万五六〇六円であるところ、本件更正一による所得金額は、総所得金額一二六万二七〇一円及び分離課税の長期譲渡所得金額三三八四万一四七七円であって、被告の本訴主張額の範囲内であるから、本件更正一は適法である。

2 本件賦課決定一の適法性

本件更正一により新たに納付すべき税額(前記総所得金額一二六万二七〇一円と分離課税の長期譲渡所得金額三三八四万一四七七円による税額六六五万二二〇〇円から、確定申告書の納付すべき税額五九一万三八〇〇円を差し引いた金額七三万八四〇〇円)について、通則法(昭和五九年法律第五号による改正前のもの)六五条二項に定める正当な理由があるとは認められないから、同条一項により右税額(同法一一八条三項の規定により一万円未満端数切り捨て)に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した過少申告加算税の賦課決定一は適法である。

三原告佳子は、本件更正一には手続的に瑕疵があり違法であると主張するが、通則法二三条四項の規定に基づく更正をすべき理由がない旨の通知処分と、同法二四条の規定に基づく更正処分とは別個独立のものであって、そのいずれを先に行うかは、法令上格別の定めがなく課税庁の判断に委ねられているものと解されるから、原告佳子の右主張は理由がない。

(乙事件)

一本件更正二の根拠

1 総所得金額六六六万二一九〇円については、当事者間に争いがない。

2(一)(1) 分離課税の長期譲渡所得金額に関し、(1)(ア)の公租公課等一〇六五万六六八六円、(1)(イ)の敷金四〇〇万円については、当事者間に争いがない。

(2) 新橋の物件は、昭和五八年四月一一日に第一電設から富田建物に五七二五万円で転売されている(この点は争いがない。)ので、他に特段の立証がない本件においては、右価額をもって新橋の物件の時価と評価するのが相当である。そして、前記認定によれば、原告正雄は第一電設に新橋の物件を私財提供(贈与)し、それに伴って原告正雄が負担すべき公租公課等を右会社が負担することを条件としたのであるから、原告正雄は、右負担額で新橋の物件を第一電設に贈与したものということができる。

(二) 本件資産二の取得費については、措置法三一条の四第一項本文の規定に基づき、その譲渡収入金額五七二五万円に一〇〇分の五の割合を乗じて算出すると、二八六万二五〇〇円となる。

(三) 特別控除額は、措置法(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)三一条三項により一〇〇万円となる。

3 納付すべき所得税額等

原告正雄の所得金額に対して、同原告が納付すべき所得税額は、被告主張のとおり一〇六一万〇一〇〇円となる。

二本件更正二及び本件賦課決定二の適法性

1 本件更正二の適法性

前記一の1及び2のとおり、原告正雄の昭和五八年分の所得金額は、総所得金額六六六万二一九〇円及び分離課税の長期譲渡所得金額四八三八万七五〇〇円であるところ、本件更正二による所得金額は、総所得金額六六六万二一九〇円及び分離課税の長期譲渡所得金額三四〇二万四一八六円であって、被告の本訴主張額の範囲内であるから、本件更正二は適法である。

2 本件賦課決定二の適法性

本件更正二により新たに納付すべき税額(前記総所得金額六六六万二一九〇円と分離課税の長期譲渡所得金額三四〇二万四一八六円による税額七一〇万五〇〇〇円から、修正申告書の納付すべき税額四六一万〇二〇〇円を差し引いた金額二四九万四八〇〇円)について、通則法(昭和五九年法律第五号による改正前のもの)六五条二項に定める正当な理由があるとは認められないから、同条一項により右税額(同法一一八条三項の規定により一万円未満端数切り捨て)に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した過少申告加算税の賦課決定二は適法である。

三原告正雄は、本件更正二には手続的に瑕疵があり違法であると主張するが、通則法二三条四項の規定に基づく更正をすべき理由がない旨の通知処分と、同法二四条の規定に基づく更正処分とは別個独立のものであって、そのいずれを先に行うかは、法令上格別の定めがなく課税庁の判断に委ねられているものと解されるから、原告正雄の主張は理由がない。

第六本件各通知処分の取消しを求める訴えについて

一同一年分の所得税について、更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分と増額更正とがなされる場合、両者がいかなる関係に立つとみるべきかは、課税及び行政不服審査の場面と、裁判所が取消訴訟につき判断する段階に分けて考えるのが妥当である。

そして、課税及び行政不服審査の場面においては、両者はそれぞれ別個独立の行為として併存し、既に更正の請求がなされているからといって、増額更正の前に通知処分をしなければならない法的根拠は見出し難く、また、先に増額更正がなされたからといって、当然にそれが通知処分を含むものと解することもできない。しかし、この場合においても、増額更正の内容は、ただ単に、通知処分によって承認された申告にかかる税額に増差額を追加する(したがって、申告と増額更正の両者で、一個の納税義務が確定される。)というものではなく、課税要件事実を全体的に見直し、申告にかかる税額も含めて全体としての税額を総額的に確定する処分とみるのが、関係法規の趣旨に合致するものと解される。

そこで、本件におけるように、通知処分と増額更正の両者につき取消訴訟が係属し、これについて裁判所が判断する場合においては、通知処分と増額更正とが、いずれも同一年分の所得税という一個の納税義務を確定させる処分であることに鑑み、裁判の統一を計る趣旨から、通知処分は増額更正の処分内容としてこれに吸収されて一体となり、その外形が消滅することにより、通知処分の取消訴訟はその対象を失って、不適法な訴えになる、と考えるのが合理的である。そして、このことは、増額更正の前に通知処分がなされた場合に限られず、増額更正の後に通知処分がなされた場合にも妥当し、また、通知処分について固有の違法事由が主張されている場合にも、別異に取り扱うべき理由はないものと考えられる(もっとも、通知処分に取消原因がある場合には、課税標準等又は税額等が申告額を下回ると認められる限り、増額更正について申告額を下回る額まで取り消すことができることは、いうまでもない。)。

二これを本件についてみれば、本件各通知処分の取消訴訟は、いずれもその対象を失い、不適法な訴えになったものというべきであるから、却下を免れない。

(裁判長裁判官佐久間重吉 裁判官辻次郎 裁判官伊藤敏孝)

別紙〈省略〉

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